いじめの解決に向けて
6 いじめの解決に向けて
(1)家庭での取り組み
1)親がいじめに気がつかない理由
① 子ども側の理由としては、自分がいじめられていることで親に心配をかけたくなかったり、親に「もっと強くなれ」と言われるのが嫌だったり、親に告げ口をしたことを知られたらもっといじめがひどくなると考えたりして、子どもが親の前ではいじめに気付かれないように取り繕っているからです。
② 親側の理由としては、わが子はいじめられるような子ではないと楽観していたり、いじめられていること自体を認めたくなかったり、また、いじめは一過性のものだとか、子どもの心に大きな傷跡を残すようなものではないとか、いじめを軽く考えていたりするからです。
このような認識を抱いている親は、いじめがかなり深刻になって初めてわが子がいじめられていることを知らされても、適切な対処ができないことが多いようです。
2)いじめの早期発見
いじめが深刻な状況に陥らないうちに、できるだけ早くいじめを発見することが大切です。そのためには、いじめは誰にでも起こりうるという現実をわきまえて、親は子どもと心の通い合うコミュニケーション<5(1)1)>をとりながら、子どもの生活(服装や金品、表情、感情、考え方、言葉遣い、態度、行動)の些細な変化にも気をつけておくことが大切です。したがって、親が下記の「いじめに気付くチェックリスト」のような子どもの様子に気づいたら、いじめられている危険性が高いと考えて、直ちに5(1)2)~4)の子どもを支え守る行動を起こすようにします。
参照:いじめに気付くチェックリスト
1 最近、よく物をなくするようになった。2. 学校のノートや教科書を見せたがらない。3. 親の前で宿題をやろうとしない。4. お金の要求が増えた(親のお金を持ち出している)。5. 学校行事に来ないで欲しいと言う。6. すぐに自分の非を認め、謝るようになる。7. 学校からのプリントや連絡帳などを出さなくなった。8. ボーっとしていることが増えた。9. 無理に明るくふるまっているように見える。10. 学校のことを尋ねると、「別に」「普通」など、具体的に答えない。11. 学校のことを具体的に詳しく聞こうとすると怒る。12. 話題に友達の名前が出てこない。13. 学校に関する愚痴や不満を言わない。14. 保護者会、個人面接で何を話したかを過剰に気にする。15. 寝つきが悪い(悪夢を見ているようで夜中に起きる)。16. 倦怠感、疲労、意欲の低下。17原因不明の頭痛、腹痛、吐き気、食欲不振、体重の減少などの身体症状が見られる。18. 何に対しても投げやりに見える。19.以前は夢中で楽しんでいたゲームなどをあまりやらなくなった。20.理由のないイライラ。21.ちょっとした音に敏感になった。22.身体を見せたがらない(一緒に入浴したがらない)。23.衣服、制服、靴などを、親に隠れて自分で洗う。24.友人からの電話に「どきっ」とした様子を見せる。25.急に今までと違う子と付き合うようになった(不自然な友人関係)。26.以前では考えられないような非行行動(万引きなど)の出現。27.外に出たがらない(外に出たときに周囲を気にしている)。 28.金遣いが荒くなった。29.成績の低下。30.物忘れがひどくなった。31.自傷行為(リストカットなど)。32.「死」をほのめかすようなメモ、日記。<山脇由貴子2009より>
しかし、4(1)で述べているように、大半の家族が該当するとされている機能不全家族においては、親が子どもに経済的・時間的・精神的余裕をもって向き合うことができず、親子が心の通うコミュニケーションをとることが難しいことも事実です。したがって、「親は子どもに道徳的規範を教えよ。」と法律で強制するより、経済社会の改善<4,6(3)参照>が行われて、親子が物心ともにゆとりのある生活を送ることができるようになることが、家庭での親子の心の通うコミュニケーションを取り戻し、いじめの早期発見を可能にするための十分条件だと言わざるを得ません。
(2)学校での取り組み *凡例 <第n条>:いじめ防止対策推進法第n条
いじめを予防・解消するために、学校ではいじめ防止対策推進法に基づき、いじめ防止に関する基本方針が定められ<第12条>、それに基づいて学校内のいじめ防止のための組織(いじめ対策委員会など)がつくられています<第22条>。この「基本方針」や「いじめ対策委員会」などの仕組み(改善すべき点は6(3)を参照)を活かして、すべての教職員が意思統一をしていじめ対策に取り組めばよいのですが、その仕組み(校務分掌など)や取り組む主体である教師に関わる問題点を挙げておきます。
1)情報の収集と共有
① 情報収集
各種のアンケート調査や心理テストなどを児童生徒に実施したり、「いじめのチェックリスト」や保護者による「観察チェックカード」の提出をお願いしたりして、隠されたいじめの発見に努める<第16条>ことが必要です。
② 情報の共有
職員室での教師(養護教諭を含む)間での情報交換や、教科・教科外活動や教育相談活動の中で、いじめが疑われる生徒に関する情報を、教師が一人で抱え込むことなく、学年団や所定の委員会などに直ちに報告し、いじめの早期発見と保護者も含めた情報の共有につなげるとともに、その早期解決に努めることが大切です。
2)教育相談体制の充実
3で述べたいじめの心理を考慮すると、日常的に彼らを評価・指導する立場の教師以外の、養護教諭やスクールカウンセラーなどがいじめに関わった児童生徒の気持ちを受け止め理解する相談(カウンセリング)体制の充実(予算の獲得が必須)を図ることが必要です<第16・18条>。
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【ストレスマネジメント】 ストレスマネジメントとは、ストレスに対処し、上手に付き合っていくための方法や考え方のことです。例 呼吸法、自律訓練法、構成的エンカウンター、カウンセリングなど |
① 相談係責任者の持ち時間の軽減
相談担当者には、個々の児童生徒の事例に即して、ストレスマネジメントや精神疾患、あるいは特別支援教育や非行など、心理や教育分野での幅広い知識やカウンセリング(相談)などの技術が必要です。また、相談係責任者には、関係教職員や保護者とのコンサルテーション(相談・助言,作戦会議)や研修会の企画・運営、専門医などの社会資源とのコーディネーション(連携)や事例検討会といった業務をこなす資質も必要ですし、相談室業務を円滑に進めていくための相談室の整備や相談便りの発行などの宣伝・啓蒙活動も疎かにできません。
それらの業務をこなすためは、書籍を読んだり講習会や研修会に参加したり、相談室へ常駐したりすることが必要で、そのためには他の校務分掌責任者が要するよりかなり多くの研修時間を要します。このように考えてくると、例えば高校の相談担当責任者には少なくとも、週2時間以上(少なくとも生徒指導責任者と同等)の持ち時間の軽減が必要だと考えます。
② 相談係の校務分掌上の独立
岡山県では、教育相談係は生徒指導の一部だという考え方や、校務分掌のスリム化などの理由から、相談係を生徒課の下位分掌に位置付ける高等学校が多く見られます。その場合、教師側は、生徒の実情に応じて教育相談か生徒指導かを使い分ければよいとしていますが(実際には教育相談ができる教師は非常に少ないので、使い分けはできていません)、生徒から見れば、日頃から服装や頭髪などの一斉指導をしている生徒課(に属している相談係)の先生には、いじめなどの複雑な気持ちは打ち明けにくく、いじめが明らかにされにくくなっていることは大きな課題です。
また、生徒課に属した相談係には、相談業務の他に生徒指導の業務が追加されますので、相談業務を行う時間がさらに不足することになりますし、生徒課の責任者には、相談業務にも精通していることが望まれます。
そもそも、生徒指導と教育相談とは、児童生徒の「いま・ここ」に即して、生徒指導と教育相談の両者が培ってきた「知」を統合したり相補い合ったりしながら、協力して指導・援助していく関係(重複説)が望ましいのです。即ち、教育相談は、健常な児童生徒は言うに及ばず、発達障害や精神障害などを抱えた児童生徒に対しても、心の不安や悩みなどを個人的によく聴き、受け止め理解するという部分に特性があるのに対して、生徒指導には児童生徒に対する規律遵守などの一斉指導を行うという特性があります。つまり、相談係と生徒課などは、それぞれの特性が発揮できるように、独立した対等な立場で、お互いが協力したり相補い合ったりしながら、いじめなどの指導に当たらなければ、児童生徒の微妙な気持ちを聴きとったり適切な指導を行ったりすることはできないのです。
③ 相談室の整備
相談を希望する児童生徒は、心に深刻な不安や悩み、ストレスなどを抱えている場合が多いので、殺風景な部屋や、部屋への出入りが人目につくような場所は適しません。児童生徒が安心して出入りし、話すことができる環境を整えるための(合理的)配慮(参照下コラム)が必要です。そのためには生徒の相談している声やプライバシーなどの秘密が洩れないようにする場所やルールが必要なのです。
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【合理的配慮】 合理的配慮とは、障害者が他の者との平等を基礎として全ての人権及び基本的自由を享有し、又は行使することを確保するための必要かつ適当な変更及び調整であって、特定の場合において必要とされるものである。<障害者権利条約第2条> |
また、書籍と書棚、PCとプリンター、応接セットとカーペット、空調設備、校外と通話できる電信設備(SCや保護者・中学校・児童相談所・病院などの専門機関などとの連携)、給水設備、インテリア小物、箱庭セットや各種検査用紙などの備品を整えることも必要です。<第16・18条>
3)人権教育の推進
① 道徳教育<第15条>
いじめ問題に対処するために教科道徳を推進し、他者を思いやる心や協調性などの徳目を、児童生徒に学校で教えれば教えるほど、児童生徒には「皆と同じように行動しなければいけない」という同調圧力が強まり、いじめを助長する空気(雰囲気)がつくられていく危険性があります。例えば、登下校時のあいさつ運動で、暗い性格や発達障害などの事情で挨拶ができない児童生徒を、「ネクラ・変人」としていじめの対象としたり、オリンピックで「日本チームを応援しない」児童生徒を、「非国民」としていじめたりするようなことになりはしないかと危惧されるのです。
文科省が教科道徳で示した20あまりの徳目(責任、明るい心、思いやり、礼儀、規則尊重、勤労、公共心、家族愛、愛国心など)を、一時間当たり一つの徳目を取り上げて児童生徒に教えようとすればするほど、児童生徒がもっている個性や多様性は配慮されないで、政府の価値観に基づいたクラス内の同調圧力が高まり、かえっていじめが起こりやすくなるということでは本末転倒です。
児童生徒が身近な問題(いじめ、授業中の私語、掃除をサボる、ブラック校則、スマホの返信ルール、ジェンダー・・・)をテーマにして、自主的に考え、皆と意見を述べあうことを通して、単なる主観的な(心がけの)問題に終わらせず、その背景となっている様々な問題へとより科学的に問題を解決していく筋道を探っていくなかで、自分たちの道徳性(参照p12コラム)を高めていくような道徳教育(実質は人権教育)であって欲しいと思います。
② 人権教育
国連の「人権教育のための世界計画」行動計画では、「知識の共有、技術の伝達、および態度の形成を通じ、人権という普遍的文化を構築するために行う、教育、研修および情報である」と定義されています。(中略)つまり、一人ひとりの存在と可能性を大切にする明日の社会を形成するため、市民のエンパワーメント(自分で意思決定し、行動できること)を目ざすのが人権教育です。<生田周二,日本大百科全書(ニッポニカ)>。
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【あるいじめ事例における学校・市教委の姿勢】 Aさんが中学校に入学した直後のB年4月、わいせつ動画を送らせるなどの陰惨ないじめを行った複数の小中学生に囲まれ、川に飛び込んだまま学校に電話し、泣きながら「死にたい」と繰り返し教師に訴えました。その事実が地元の週刊紙に報道された後、道教委はいじめの疑いがあるとしてC市教委を指導しましたがC市教委は、学校などに聞き取りを行うだけで、いじめとは判断せず、Aさんの母親にも「いたずらの度が過ぎただけ、悪ふざけただけだった」と伝えていました。 当時の教頭談:「10人の加害者の未来と、1人の被害者の未来、どっちが大切ですか。10人ですよ。1人のために10人の未来をつぶしていいんですか。どっちが将来の日本のためになりますか。もう一度、冷静に考えてみてください」 B+2年2月、Aさんは自死を決行します。同年10月、C市長がいじめと認定し、B+3年3月、市教育長がようやく遺族に謝罪しました。 <Business Journal 「C・中学生イジメ自殺事件の闇」などより作成> |
人権および人権保障の仕組みを学び、その知識や技術を身につけることは、公民などの授業で学べば、ある程度は身に付くと思われがちですが、下のコラムを参照してください。学校の管理職や教師、あるいはC市教委などの当事者は、人権に関する知識やそれを保障する技術や力を身に付けていなければならないはずです。
しかし、C市教委が、遺族やマスコミなどから再三再四、真実を公開せよと求め続けられ、道教委からも指導を受けた後、ようやくAさんに陰惨ないじめ(人権侵害)が行われていたとの認識を示し謝罪するまでには3年も要したのです。その間、学校の管理職や彼らを指導する立場の指導主事は、何を考え指導していたのでしょうか。
人権学習の肝は、単に人権を知識として教えるのではなく、ある問題を考える場合、正しい情報を基に得られた児童生徒自身の考えを、皆とよく話し合うなかで、よりよいと思われるレベルまで高めていき、それに基づいた態度や姿勢が身につくように指導することです。
したがって、公民などの授業では、欧米諸国のように講義だけでなく正しい情報に基づいた討論(ディベートを含む)を採り入れることが必要です。さらに、そこでよりよく高められた考え方に基づいて、実際に人権を保障する行動がとれるようにするためには、ロールプレイ(役割演技)などの体験学習<第15条>を採り入れて、仲間と共に問題解決に向かって具体的な行動を起こしていくことを学ぶことが重要です。一方、他教科や学校行事と連携し、優れた演劇や文学などを教材として、情動(右脳)の面から人権保障に取り組もうとする動機付けを工夫することも大切です。
4)教員の資質の向上
教師は、児童生徒の人権を守るという正の部分と、彼らの人権を奪うという負の部分を、常に背中合わせに内在させています。あってはならない負の部分として、学校におけるいじめ事例の中では、教師がいじめのきっかけをつくったり、生徒と一緒にいじ
めたり、また、いじめの報告を受けた教師がいじめのもみ消しを図ったり、いじめの定義を我流に解釈していじめではないとしたりするものが少なくないということです。
いじめなどの問題を解決していくには、できるだけ教師の負の部分を最小に近づけていくと同時に、正の部分を強化して行動に表すことが必要となってきます。例えば、察知したいじめを、校内では影響力の大きい教師や管理職などが関与して隠蔽しようと
している場合でも、児童生徒の人権を守るために、その情報をいじめ対策委員会などに挙げていくことが必要です。あくまでも児童生徒を守るという姿勢を崩さないことです。特に経験の浅い教師には難しいことですが、児童生徒の人権を守る、この最低限の一致点で、一人一人の教師の心を結集させることが大切です(分会役員などの支援が望まれます)。
この問題を解決するためには、まず教師(教師集団)自身が日本国憲法に規定されている基本的人権や「こどもの権利条約」の学習を基礎として、いじめを見抜き解決していく力を養うとともに、その力を児童生徒にどのように教えていくかという指導法などの研修を、個人や有志、学年団、学校、組合、民間教育団体、教育委員会など、様々な機会をとらえて積み重ねていくことが必要不可欠です。<第18条>。
5)学校ストレスの軽減
いじめの要因として挙げられている学校ストレスの中核は、「授業がわからない、成績が悪い」「友人関係が上手くいかない」などです。<岡山大学教育実践総合センター紀要,第 10 巻,小学生の学校生活における心理社会的ストレスと心理教育的アプローチ 岡﨑由美子 安藤美華代>
したがっていじめを起こさない取り組みとして、学校を挙げての「わかる授業」の実践や、いじめや体罰のない部活動指導、あるいは生徒の自主的な活動<第18条>を保障する生徒会の指導などにも、教師は生徒のストレスを増大させないように、よく児童生徒の気持ちや考えを聴きとりながら、日常的に反省的実践を積み重ねていくことが大切です。
一方、スクールカウンセラーの重要な業務である、児童生徒のストレスを和らげ、彼らの学業や部活動での実力を発揮させる開発的カウンセリング(呼吸法、漸進的筋弛緩法、自律訓練法、イメージトレーニング、アンガーマネジメント、構成的エンカウンター・・・)などを、相談室への来談者にとどまらず、ホームルーム活動と連携しながら、より多くの児童生徒に対しても実践していくことも、いじめ防止には有効だと考えられています。
(3)国・自治体での取り組み
1)いじめ防止対策推進法(以下、「i法」と表記)の問題点
2011年に大津市で起きた中学生のいじめによる自死事件において、学校と教育委員会の調査およびその結果の公表のあり方が、世間から厳しい批判を受けたことが誘因となり、安倍内閣のもとに設置された教育再生実行会議の提言(道徳の教科化,いじめ対策の法制化など)通り、2013年、i法が与党の議員立法案に野党案を取り込む形で成立しました。
i法は、それまで軽視されてきた「いじめ」を定義したり、国や自治体、学校がいじめ防止に対する基本方針を作成したり、それに基づいて諸対策を実行していく専門組織の設置を義務づけたり、重大事態への対処を規定したりするなど、教育現場をはじめ国民の間にも、いじめ問題への取り組みを進めていくうえで一定の役割を果たしています。
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<第15条> 学校の設置者及びその設置する学校は、児童等の豊かな情操と道徳心を培い、心の通う対人交流の能力の素地を養うことがいじめの防止に資することを踏まえ、全ての教育活動を通じた道徳教育及び体験活動等の充実を図らなければならない。 |
しかし留意すべきことは、教育現場や日弁連などから様々な問題点を指摘されていたことに配慮して、附則にはi法施行後3年(2019年)を目途としてその施行状況などを勘案・検討し、必要な措置を講ずると規定されていますが、残念ながら今まで法改正に至るほどの検討はなされていません。そこで、i法が抱えている主な問題点について考えてみます。
① 広すぎるいじめの定義
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<第17・18条> 国及び地方公共団体は、いじめを受けた児童等又はその保護者に対する支援、いじめを行った児童等に対する指導又はその保護者に対する助言その他のいじめの防止等のための対策が(略)適切に行われる。 |
「いじめ」とは、児童等に対して、(略)一定の人的関係にある他の児童等が行う心理的又は物理的な影響を与える行為(インターネットを通じて行われるものを含む。)であって、当該行為の対象となった児童等が心身の苦痛を感じているものをいう<第2条>と定義しています。これは学校が種々のいじめに対応しないことを防ぐために広く定義したとの見方もあります。しかし社会生活において心身の苦痛を感じさせることがまったくない行為というのはありえないため、例えば「おはよう!」と言って肩をポンと叩いたり、ファッションについて「ダサい」と言ったりしても、相手が心身の苦痛を感じた場合はいじめであると法律上解釈される不都合さが生じています。
したがって、6でも言及しましたが、いじめの中でも暴力や恐喝などを伴い、児童生徒の人権や尊厳を著しく侵害するものと、それ以外のパーソナリティの発達途上で誰にでも起こり得るいじめとは区別して定義して、警察や児童相談所、心理士などと連携して取り組むいじめから、担任の指導の下で生徒同士の話し合い(ホームルーム活動を含む)によって解決を図るいじめまで、事例に即して適切に対処できるように、いじめの定義を改正する必要があると考えます。
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<第3条> いじめの防止等のための対策は、いじめを受けた児童等の生命及び心身を保護することが特に重要であることを認識しつつ、国、地方公共団体、学校、地域住民、家庭その他の関係者の連携の下、いじめの問題を克服することを目指して行われなければならない。 <第4条> 児童等は、いじめを行ってはならない。 <第9条> 保護者は、子の教育について第一義的責任を有するものであって、その保護する児童等がいじめを行うことのないよう、当該児童等に対し、規範意識を養うための指導その他の必要な指導を行うよう努めるものとする。 |
② 加害者に対する厳罰主義
いじめの加害者には厳罰を、被害者には保護をという対照的な対応を規定することにも疑義が生じています。<参照第17・18条>国立教育政策研究所の『いじめ追跡調査 2004-2006』(2009年)によれば、全体の8割を超える子どもが3年間のうち何らかのいじめの加害者になったり被害者になったりしています。またいじめの大半は「仲間はずれ・無視・かげ口・からかう」であることも報告されています。つまり、大半のいじめは同一人物が加害者になったり被害者になったりしているので、本法の定義通りに運用すると、大半の児童生徒に厳罰を与えるという非合理的な指導が行われることになります。
また加害者には加害責任が問われることは当然ですが、実際には加害者も様々なストレスを抱えているため、精神的ケアや支援を必要としている場合も多いことを考慮する
と、「加害者には指導(罰)、被害者には保護」というステレオタイプの規定は改正しなければなりません。
③ 問題解決の主体者は?
i法にはいじめを解決する主体としての児童生徒という考え方は見られず、学校や家庭、行政など、上からの対応策しか示されていません<参照第3条>。6でも述べたように、実際のいじめは加害者と被害者だけではなく、観衆や傍観者を巻き込んで行われていますので、その解決には彼らの積極的な関与が必要不可欠です。
因みに、我が国の青少年(大人も同様)の自己肯定感は著しく低いという国際比較(内閣府,2019年版「子ども・若者白書」など)があります。これは児童生徒の尊厳や権利、ひいては自分たちの問題を自分たちで解決していく権利が、受験中心教育,形式的主権者教育,生徒の自主活動や政治活動の制限などの影響もあって、教育面でも社会面でもあまり保障されておらず、身近な問題を解決できたという成功体験を積み重ねることができていないことによるものです。
国連子ども権利委員会(2010年第3回総括所見)が、「締約国が、子ども同士のいじめと闘う努力を強化し、かつそのような措置の策定に子どもたちの意見を取り入れるよう勧告する」とした趣意を踏まえて、i法をはじめとして、教育基本法や教育行政、学校教育全般に、児童生徒の問題解決力を育て、それを自主的に発揮できるための条文や制度などの抜本的な改正や改革が、喫緊の課題となっているのです。
④ 個人の内面や家庭教育への国家の介入
i法では「いじめ防止」の基本的施策として、家庭教育とともに、すべての学校教育活動を通じて道徳教育等の充実を図るとしています<第9,15条>。また子どもにいじめることを禁じたり<第4条>、保護者に子どもの規範意識を養うように強制したり、学校や自治体などのいじめ対策への協力を命じたりしています<第8・9条>。
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【GHQによる教育民主化政策】 ① 軍国主義、国家主義の教化から、生活体験主義の教育(問題解決学習)へ *「修身」・「国史」・「地理」の授業停止と軍事教練や国家神道を教育から撤廃。 *共同体よりも個人重視の社会科新設 ② 6・3・3・4制の学制 *社会的地位や格差に対応した複線型の学制から、誰にも開かれた単線型の学制へ *両性の平等に基づく男女共学へ ③ 教育行政の民主化 *住民の選挙で選ばれた委員が構成する教育委員会の設置 ④ 教育指導者講習の実施 *子どもの自主性を重んじる進歩主義教育の研修を行うとともに、非民主的教員の追放や教員の適格審査の実施 ⑤ 開かれた教員養成課程 *一般大学の教育学部で教員養成が可能 *学問の自由や大学の自治も保障 |
これらの規定は、いじめの社会的要因は考慮せず、親の教育力や学校の指導力がないから子どもの規範意識が育たずいじめが起こるとする自己責任論に起因するものであり、早急に見直さなければなりません。児童生徒の内面や家庭教育を、いくら道徳主義や厳罰主義に基づいて善導し規制しようとしても、かえって加害児童生徒の反感を買い新たな攻撃行動を誘発させたり、児童生徒間に加害児童生徒に対する差別意識を植え付けたりして、問題解決を困難にさせることに繋がる危険性があるからです。現にi法の発効後、いじめの件数は大幅に増加しており<参照:平成20年度文科省調査>、道徳主義や厳罰主義の限界が示唆されています。
子どもの権利条約40条には、「罪を犯したとされた子どもが、ほかの人の人権の大切さを学び、社会にもどったとき自分自身の役割をしっかり果たせるようになることを考えて、扱われる権利をもっている」と規定しています。加害児童生徒や家庭に道徳や厳罰を強調するのは、本人や家庭・学校に自己責任論を押し付け、国や自治体の責任を不問にするものです。加害児童生徒に自分たちが尊重されていることを実感させ、ひいては被害児童生徒の人権も尊重することを身につけさせ、自己の課題に真摯に向き合うことができるような指導・支援体制を、国全体で築いていかなければならないのです。
⑤ 被害者側の権利保障の不備
児童生徒はいじめから守られる権利を有していること、また学校には児童生徒をいじめから守る安全配慮義務があることを法律に明記し、周知徹底させることも必要です。例えば、いじめに関する調査には、いじめの被害児童生徒とその保護者がその調査用紙の作成から実施にも関わることができ(自由に意見を述べる権利)、またその結果を随時、知ることができるように(知る権利も明記)して、学校や行政側にいじめの事実を隠ぺいさせないようにすることが重要です。いじめを受けた児童生徒の権利保障が最大限に尊重されるためには、早急にi法を改正していくことが必要ではないでしょうか。
枕 石漱流 教育民主化政策の変質
5で述べた我が国の戦後の民主化政策(参照前頁右コラム)の180度の転換(右傾化、「逆コース」)は、将来の「公民」を育成する教育分野においても強力に推進されています。(参照:6参考資料「戦後の民主化から『右傾化』へ」)
① 教育における国の権能の強化
ⅰ)学習指導要領の法的拘束力
当初は児童生徒の生活や地域の様々な状況に応じて適切に教育を進めていくための、教師の手引きとして作られていた学習指導要領が、1958年版以降、法的拘束力を持つ(旭川学テ事件の最高裁判決で確定)基準として教育現場に呈示されるようになりました。教育内容への国家的介入については許されないとも解釈できるが、教育の機会均等の確保及び全国的な一定水準の維持の目的のために、必要かつ合理的と認められる教育課程の大綱的な遵守基準としての学習指導要領は有効と判断しました。
これは、国民全体の意思決定である国会が制定した法律(例学校教育法、同施行規則)に学習指導要領が規定されていることを根拠としたもので、政府や国会の考え方や政策に誤りがないとして、司法の憲法判断を避けたものです。
ⅱ)教科書検定
文部大臣が、特定の考え方(例歴史修正主義,皇国史観)を有する教科書調査官や検定審議会委員(参照右下図)を選定して、学会での定説を記述した部分に修正(参照中国大陸への日本軍の「侵略」→「進出」)を求めて(参照F項パージ)問題となった教科書検定制度が、教科書裁判で合憲とされました。
参考: 「教科書裁判」の解説 歴史学者の家永三郎(1913-2002,当時東京教育大学教授)が、自著の高校日本史教科書《新日本史》への文部省の検定を違憲・違法として起こした32年にわたる一連の裁判。1965年提訴の第1次訴訟は、教科書検定制度は違憲であるとして国家賠償を求めたが、1993年に国側勝訴で終結。1967年提訴の第2次訴訟は、文部大臣を相手どって検定行政処分の取消しを求めた行政訴訟で、1970年に原告側全面勝訴の1審(杉本)判決が出たが、高裁での訴訟打切り判決、家永の上告断念で1989年に終結。1984年提訴の第3次訴訟は、1980年代初頭の教科書検定を違憲・違法として国家賠償を求めたが、1997年に最高裁は一部の検定を違憲としたものの、検定制度は合憲として訴訟は終結。<百科事典マイペディアより>
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「あの判決は、法律に従って裁判をやっただけのこと。良心の問題だ。1973年、札幌地裁の「長沼ナイキ基地訴訟」一審判決で、「自衛隊は憲法9条違反」との判決を裁判長として下した弁護士の福島重雄さん(88歳)は、振り返る。 二審の札幌高裁、最高裁は住民の訴えを認めず、基地は建設された。福島さんはその後、家裁(違憲判断をさせないためか。〈福田〉)などを転々とし、「冷や飯」を食わされ続ける形に。それでも、自らの判決について「現行憲法である限り、結論は同じ」と主張は揺るがない。 <東京新聞2019年6月27日> |
この裁判で原告側は、憲法第26条の教育を受ける権利を、自由権としての子どもの学習権を憲法が保障したものとし、この権利に対応する教育の責務を負うのは国民(親)であり、国民の負託を受けた教育・学問の自由を有する教師が教育に当たるものであるから、国は教育内容や子どもの内面的価値に関わる精神活動には踏み込んではならず、親の責務を助成するための諸条件の整備にのみ努力すべきであるとしました。また教科書執筆者の思想内容(学問的見解)を事前に審査する教科書検定は、憲法第21条が禁じている検閲に該当するとともに、教育基本法第10条(不当支配)に違反すると主張しました。
これに対して被告(国)側は、国が国民の負託に基づき自らの立場と責任において、学習権を生存権の一環として保障する権限があり、その権能は公教育の内容や方法にも
及びうるとともに、下級教育機関における教育は、教材や教育内容、教授方法などの画一化が要求されるので、教科書検定は違憲とは言えず、また下級教育機関における教師
の教育の自由には一定の制約が伴うと反論しました。
最高裁は、政党政治の下での国家介入の自己抑制の必要性などには言及しましたが、国民の教育の自由を制限する範囲や目的、あるいは検定の権限や基準などが現行法では
明確に規定されていないので、教科書検定制度を違憲・違法とは判断できないとしました。そのうえで、検定をどのように法律や命令などの下位法に委ねるかは、立法権(国会)の裁量に属するとし、結果的には政府の考え方を容認することになっています。
参考:統治行為論:「国家統治の基本に関する高度な政治性」を有する国家の行為については、司法審査の対象から除外するという理論〈Wikipedia〉。
このような立場で。最高裁が憲法よりも、有権者の意思が委託されている国会や、その多数派の長が組織する内閣が決定した法律や命令の方を重視するということは、憲法を最高法規とする法段階説や裁判官及び司法権の独立(参照右コラム)も蔑ろにして、「憲法の番人」として違憲立法審査権を発動して国会や(裁判官の任命権者である)内閣の憲政からの逸脱を抑えることなく、三権分立や民主主義の形骸化を進め、延いては政治の右傾化やポピュリズム(衆愚政治)の蔓延を促す一因となっています。
② 教育委員会の任命制
教育委員会制度を公選制(1948年)から任命制(1956年)とし、教育委員会から首長への予算原案送付権も廃止したので、教育行政の民主的統制(地域住民・保護者・教師の教育行政への参加)が困難になりました。
前項①の内容と合わせると、自民党教育部会→ 教育再生実行会議(内閣総理大臣の諮問機関 参照右コラム)→ 中央教育審議会(文科大臣の諮問機関1952~)→国会,文科省→自治体の首長→教育委員会→学校、という上意下達のレールに乗って、自民党の意に沿った教育内容が法律(国会)や命令(内閣)で定められて教育行政が推進され、裁判所がこれを擁護していることになります。当に、我が国の民主主義教育や議会制民主主義が危機的事態を迎えているのです。
③ 教職員の組合活動や政治活動の制限
「教え子を再び戦場に送るな」を合言葉に、平和教育をはじめ民主的な活動に大きな役割を果たしていた日教組など、組織労働者の3分の1を占める公務員の労働三権を制限(政令201号1948年)するとともに、教職員の政治的活動を制限(教育二法1954年)し、さらに教職員の管理を強める勤務評定(1956年~)や、最近では教員評価制度2016年)も実施されるようになりました。
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【教育再生実行会議(2013年~2021年)】 内閣総理大臣に教育改革を提言する私的諮問機関。21世紀の日本にふさわしい教育体制の構築を目的とした。2011年の大津市中学生いじめ自殺事件を契機に、安倍晋三政権下の2013年に発足し、2021年の岸田文雄政権発足で廃止された(後継組織は教育未来創造会議)。 教育再生実行会議の提言に沿って、中央教育審議会が具体策などを協議し、必要な法整備や予算措置に取り組んだ。いじめ防止対策推進法創設などの法整備のほか、大学入学共通テストの創設、小学3年生からの英語教育、道徳の教科化などの実現につなげた。内閣総理大臣、官房長官、文部科学大臣ら閣僚と20人以上の有識者で構成。 |
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この動きは教頭法制化(1974年)、主任制度(1975年)、主幹・指導教諭設置(2010年)などの中間管理職の増設(参照右下図)との相乗効果を生み、今や教職員労働者の組合組織率は20%近くに落ち込んできた結果、実態にそぐわない公立義務教育諸学校の学級編制及び教職員定数の標準に関する法律(定数法1958年)や、公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法(給特法1971年)の改正がなされず、教師の劣悪な労働条件の改善が行われないのです。
一方、国家による教育内容の統制(侵略戦争の美化、戦争放棄の無視など参照教科書検定)とも相まって、教師や児童生徒の内心(精神)の自由などへの侵害も公然と行われるようになってきています。
例「日の丸」の掲揚や「君が代」の起立斉唱の強制、理不尽なブラック校則など
2)教育基本法の改正
教育への国家の介入を決定づけたのが、2006年に行われた教育の憲法ともいわれた教育基本法(以下:旧法)の改正です。その改正教育基本法(以下:新法)の問題点を挙げておきます。
① 国家による教育や国民の内面への介入
旧法では、第10条「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきもの」であり、「この自覚のもとに、教育の目的を遂行するに必要な諸条件の整備確立を目標として行われなければならない」と規定しています。これは、教育行政が政府や特定の団体に対してではなく、国民全体への責任を持って行われなくてはならないということと併せて、教育内容に介入することなく、必要な教育環境の整備のみを行うとして権力による教育統制を禁じたものです。
ところが新法第16条では「教育は、不当な支配に服することなく、この法律及び他の法律の定めるところにより行われるべきもの」であり、「国は、(略)教育に関する施策を総合的に策定し、実施しなければならない」と規定し、国家による教育の支配も国民の内面への介入も、それらを可能とする法律(例学校教育法、同施行規則など)によって認められるという規定になっています(参照「悪法も法なり」。自衛隊法。教育二法)。
② 恒久平和主義の否認
旧法が、前文で「われらは、さきに、日本国憲法を確定し、民主的で文化的な日本を建設し、世界の平和と人類の福祉に貢献しようとする決意を示した。」と明記しているのに対して、新法では、「我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家を更に発展させるとともに、世界の平和と人類の福祉の向上に貢献する」と記しています。これは、政府の行為によって引き起こされた悲惨な戦争の史実や、その反省から多数の国民に支持された恒久平和主義などの立憲の精神、あるいはその教育版である旧法の精神には一切触れていません。
この改正は、戦争もなく平和で民主的な日本をさらに発展させ世界平和に貢献するために、戦力による攻撃には戦力で対抗していくという「平和主義(実体は軍国主義)」を、教育の場に持ち込むための布石となりはしないでしょうか。
③ 儒教的(封建的)で従順な人格の育成
旧法第1条では、教育は「自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を期して行われなければならない。」として、自由で生き生きとした人格の形成を目指すものとしていました。
これに対して新法第2条では、「道徳心を培う」、「公共の精神に基づき」、「伝統を尊び」、「我が国と郷土を愛する」など、政府が重要視する儒教的、封建的な徳目<参照 7(2)3),次頁コラム>やものの見方・考え方などを教え込まれ、「公共(お国)」のために忠誠を尽くす人格を育成することを教育の目標として掲げています。
④ 教育的責任の家庭への押し付け
新法第10条では、「父母その他の保護者は、子の教育について第一義的責任を有する」と規定し、いじめや不登校などの教育問題の最大の責任は家庭にあるとする考え方を示しています。これは教育問題に対する教育行政や格差社会の影響を軽視する誤った認識に起因するものであり、政府の教育問題に対する責任逃れを正当化するものに他なりません。
⑤ 教員は誰に奉仕するのか?
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【臨時教育審議会(臨教審)】 1984年に中曽根康弘首相の主導のもと,長期的展望に立った教育改革に取り組むため、内閣直属のかたちをとり設置された。その委員の大部分は教育関係者以外から選ばれた。1985年から 1987年までの3年間に4次にわたる答申を提出し,解散した。 <コトバンクより> 主な答申 ⅰ)我が国の伝統文化、公立中高一貫校、単位制高等学校、共通テスト ⅱ)初任者研修制度、現職研修の体系化、適格性を欠く教師の排除 ⅲ)教科書検定制度の強化、個性尊重 |
旧法第6条②では、「法律に定める学校の教員は、全体の奉仕者であって、自己の使命を自覚し、その職責の遂行に努めなければならない」と規定されており、ⅰ)で述べたように、教員は、文科省や教育委員会・管理職、あるいは特定の団体に対してではなく、子どもや保護者などの国民に奉仕するように規定されています。
しかし新法第9条では、「法律に定める学校の教員は、自己の崇高な使命を深く自覚し、絶えず研究と修養に励み、その職責の遂行に努めなければならない」と記されているのみで、「全体の奉仕者」との規定は削除されています。
⑥ 9年制の義務教育や男女共学の規定がない
旧法第4条で明記されていた9年制の義務教育や、第6条の男女共学の規定は、新法では削除されています。「飛び級」などの自由主義的教育政策や、男尊女卑的な考え方の容認につながることが懸念されます。
3)財界の教育への介入
① 個性尊重から学力偏重の教育へ
戦後の復興から高成長への急激な社会の変容に際し、教育の目標が児童生徒の人格の形成から、財界の要請により国の経済を成長させるために必要な人材を育成することに変えられました。即ち、急成長する第2次産業の労働に耐えうる知識と技術を身につけた人材を大量に育成するとともに、最先端技術をリードする少数エリート技術者の育成へと教育方針が変えられてきたのです<第14回中教審答申1957年など>。そのため、知識と技能の詰め込み教育が強力に推進され、偏差値重視の受験地獄や学歴偏重の差別、選別の社会が児童生徒の心理的ストレスを増大させ、校内暴力(対教師暴力から対生徒へのいじめへと変化)や不登校などの教育問題、延いては深刻な社会問題を引き起こす要因となっていきました。
1973年の石油危機以来、慢性的不況(低成長)期に入り、新自由主義<参照5(3)2)>的政策が推し進められるようになると、臨時教育審議会(参照上コラム)の答申に沿った教育改革が行われるようになりました。臨教審委員には、従来の教育政策に影響を与えていた日教組の代表者は排除され、官邸・政治主導のいわゆる「ゆとりの教育」などが展開されたのですが、かえって社会問題化した様々な教育問題(学力格差の拡大や教員への統制強化など)をより深刻なものとすることになりました<参照 5(2)>。
一方、激しい受験競争を勝ち抜いたとしても、正規雇用や豊かな生活が保障されるとは限らないという厳しい状況が現れてくると、三無主義(無気力・無関心・無責任)やプライバタイゼーション(社会的な事柄よりも、私的な事柄を優先させる生活態度)が蔓延し、児童生徒や教師の問題意識やその問題解決能力も低下しています。
② 教育制度と児童生徒のストレス
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【高校進学時の選抜制度の国際比較】 *米・独・仏:選抜試験は行われない *英:一部の選抜制の中等学校で行う *日:基本的に選抜試験がある |
いじめの要因となる「授業が分からない」などの学校ストレスの根本的な軽減策としては、差別・ 選別の教育制度の改善が必要です<参照左下コラム,5(2) >。
国連の子どもの権利委員会は、子どもの権利条約実施に関する第3回日本政府報告(2010 年)で、「委員会は、このような高度に競争的な学校環境が就学年齢層の子ど
ものいじめ、精神障がい、不登校、中途退学および自殺を助長している可能性があること」の懸念とともに、「子ども同士のいじめと闘う努力を強化し、かつそのような措置の策定に子どもたちの意見を取り入れる」よう勧告しています。
7 おわりに
いじめに関わる児童生徒の心理やいじめが起きたときの対処法、さらにはいじめを発生させないための解決を妨げている社会の情勢などについて述べてきました。留意すべき点は、発達途上の児童生徒の自我や対人スキルの未熟さから、誰でも加害者や被害者になりうる「からかい」程度の暴力を伴わないいじめ(教師や親に注意されたり、ホームルームで話し合ったりして解決する)と、加害者の心の闇が表面化した暴力や恐喝、あるいはネットを悪用した陰惨ないじめ(学校と警察や児相、精神科医や家裁などとの連携により解決しなければならない)とは区別して考え、対応する必要があるということです。
どのようないじめの指導でも、家庭や学校の在り方に起因する児童生徒のストレスの影響を考慮することが必要です。特に陰惨ないじめを引き起こす事例では、虐待や家庭崩壊、生活苦(貧困)などによる家族が持つ本来の機能が失われていること(機能不全家族)から生じる家庭ストレスや、授業についていけない問題や対人関係の問題などから生じる学校ストレスの影響を十分把握して、指導支援を進めていく必要があると思われます。
しかし現実の社会は、新自由主義政策が推し進められることにより経済格差や生活苦が増大し、機能不全家族が拡大再生産されています。また戦後の民主化政策を180度転換して戦前社会に回帰させようとしている政治が、民主主義を形骸化し、国民の自由や権利を侵害し、教育現場では教職員や児童生徒の学校ストレスを増大させる方向で動いています。さらにインターネットやSNSの普及が大半の児童生徒に課せられている塾通いと相まって、児童生徒のコミュニケーション能力やメディアリテラシー(参照前頁コラム)、延いては問題解決能力までも損なっています。
その結果、児童生徒の家庭ストレスや学校ストレスは増大し、問題解決能力どころか問題意識さえ持たない児童生徒が増加しており、いじめが増大、かつ深刻化している状況が生じていると考えられるのです。
枕石漱流 「石川や浜の真砂は尽きぬとも世に盗人の種は尽きまじ」と辞世の歌を残した江戸時代の大泥棒(参照右図)が喝破したように、厳然とした貧富の差が存在している社会では、捕まれば厳罰が下されることが分かっていても、生きていくために盗みを働く者は後を絶ちません。しかし皆が真面目に働けば、人間らしい生活が保障される社会であるならば、その種の泥棒は少なくなるでしょう。心がけを変えるより社会を変える方がより現実的なのです。
同様に、機能不全家族内で発生する家族ストレスや、激しい競争、あるいは不合理な束縛を受けることなどに起因する学校ストレスなどが少ない社会になれば、いじめの発生もかなり抑えられるのではないでしょうか。
そのためには、6で考えてきたように、児童生徒一人一人の人権を大切にするような教育、それを保障する政治や経済・社会が実現されなくてはいけません。そのような政治や社会を実現していく主権者を育てる教育の在り方が問われているのです。
1)社会を生き抜く力の重視
このようなストレスフルな社会情勢の中で、学校教育では、自立した個人が知恵を出し合い協働して創造的に問題解決を図っていくといった「社会を生き抜く力」を身に着けさせることに重点を置いた教育が求められるようになってきています。<「諸外国の教育改革に見る21世紀型の資質・能力と学びのイノベーション」2016年,国立教育政策研究所 松尾 知>。
学習指導要領に基づいた知識を詰め込む授業を真面目に受け、学習塾にも通ってよい成績を収めるだけでは、身に降りかかったいじめやブラック校則などの身近な問題さえ主体的に解決していくことができない、権力に従順な「公民」が育っていくばかりです。
そこで平和や人権、差別、エネルギーや環境、富の偏在と貧困などのグローバルな問題にまで、メディアリテラシーを養いながら自分でよく考え、仲間と知恵を出し合って話し合い、問題解決を図って共に行動していく力(社会を生き抜く力)を児童生徒に身につけさせることが、学校教育の今日的課題となっているのです(参照 6(2)3))。
2)教師の「社会を生き抜く力」
児童生徒に社会を生き抜く力を身につけさせるためには、教師自身がその力を身につける必要があります。教師が過労死するような過酷な労働条件の下で、教材研究の時間も児童生徒と接する時間もない状態で、自らの問題を解決しようとする気も起らず、教職に対する生きがいや未来への展望も持てない姿を生徒にさらしているとしたら、児童生徒のみならず国民にとっても不幸です。
喫緊の課題としては、教員の定数法を大幅に改善して「30人学級」を実現したり、教員に対する過剰な管理・統制を緩和したり、給特法を改善するとともに部活動の指導や校外補導などを改善して教師の健康や生活の向上を図ったりするなどして、教師ができるだけ授業やホームルーム、部活動に心おきなく取り組むことができるような労働条件や教育制度を整える(参照 4(2),6(2)4))等々のことが必要です。
これらの制度改革を実現させるためには、教師が主体的に団結して自らの労働権をはじめとする人権を保障させる運動を、様々な障害(組合差別や同僚性という名の同調圧力、あるいは職場などでの孤立やプライバタイゼーションなど)と闘いながら、同じ要求を掲げている人たちと連帯して広げていく不断の努力<日本国憲法第12条>を続けていくよりほかはありません。(参照写真)
このような努力を続けている(社会を生き抜く力を
身につけている)教師こそ、いじめ問題などに悩まされている児童生徒に胸を張って指導支援していくことができる教師であり、そのような教師の生き様を見せることによって、児童生徒の社会を生き抜く力も育っていき、いじめをはじめとする様々な社会問題の解消にも繋がっていくのではないかと考えています。
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枕石漱流 いじめへの無関心は、戦争への道
いじめのような身近な問題を、単に道徳(心がけ)の問題として対応するのではなく、人権を保障するという観点から、自ら考え仲間と協議・協力して、制度(社会)を変えて問題を解決していくように皆が努力するならば、様々な差別や原発、戦争などのグローバルな問題も解決していくでしょう。
しかし身近な問題にさえ皆が関心を示さないような自己中心的社会であるならば、いくら戦争放棄・戦力不保持・交戦権の否定という理想的かつ現実的(注4)な平和憲法を持っていても、いつの間にか自・他国の人間の生命を大量に奪う「戦争をする国」(注5)になっていくことは、我が国の戦後史(参照p37)が証明しつつあるところです。
(注4)現実的:核兵器使用を公然と脅迫の手段とするロシアなどの存在が、「核抑止論は幻想であり、核戦争を防ぐためには核廃絶しかない」という判断を裏付けたので、日本国憲法の恒久平和主義の規定は、軍備増強論や勢力均衡論よりも現実的な理念となっているのではないでしょうか。
(注5)戦争をする国:「自国の平和を守る」ためには、違憲である敵地攻撃能力を持つことを閣議(国会無視=政権独裁)決定し、そのことをマスコミも国民もほとんど批判しない国〔世界有数の軍事力を行使して、敵地(真珠湾・仏領インドシナ)を先制攻撃し太平洋戦争を始めたが、2000万?に及ぶ他国の人命を奪い300万余の邦人の命を失った挙句、戦争に敗れた歴史的事実から目を逸らし(学ぼうとせず)、反省もしていない国会議員や彼らを選んだ国民が多い国〕。
参考資料: 戦後の民主化から「右傾化」へ <福田 2023.1>
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戦前の社会 |
戦後の民主化 (民主主義/恒久平和主義) |
現在の社会―「新しい戦前」 (与党の専横・軍事大国) |
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教 育 ・マスコミ など
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◆教育の国家統制 *教育勅語(命をかけて天皇を守る赤子(せきし)の育成)。軍事教練 *修身(封建的儒教道徳) *国史(現人神中心の神話と歴史)。天皇制賛美の「君が代」→国歌。 *男女別学 *差別的複線型学制 *教育委員会の任命制
◆マスコミの国家統制 |
◆民主主義教育 *教育基本法(自由で生き生きとした人格の形成、主権者教育、人権尊重、平和教育、国家等の不当な支配を排除) *教育勅語・修身・国史・軍事教練などの停・廃止。「君が代」・「日の丸」の使用禁止。 *問題解決学習の導入。 *男女平等→男女共学 *平等な単線型学制 *教育委員会の公選制 ◆報道・取材の自由 ◆自由権の保障・差別禁止 |
◆教育への国家介入 *教育基本法改正(国家に従順な人格の育成)*教科道徳(儒教的で人権意識に乏しい道徳観) *学習指導要領の準法律化 *検閲的な教科書検定→平和・人権教育の後退 *国旗・国歌法成立 *中高一貫校・飛び級・学区自由化 *教育委員会の任命制 ◆マスコミの変質(商業主義・政権への忖度・右傾化) *ネット社会 *世論操作 *ポピュリズム・政治的無関心の蔓延 ◆思想差別(学術会議への政府介入。反共・ヘイト・ネトウヨ) |
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政
治 |
*天皇主権。新しい身分差別 *臣民としての権利と義務 *日・独・伊三国同盟 |
・女性参政権獲得 *基本的人権の尊重 ・自由・平等・社会権など *恒久平和主義(戦争放棄・戦力不保持・交戦権の否認。外交による平和維持(武力を手段としない自衛権行使) *戦犯追放と政治犯釈放 *弾圧立法の廃止 *政治活動・労働組合活動の保障 *政教分離 *家父長制廃止→女性の財産相続や親権を保障→女性の地位向上 |
◆憲法(第9条)改正の動き *行政権の拡大→三権分立形骸化 *日米安保体制強化〔解釈改憲。自衛隊は世界有数の戦力。安保法制。敵基地攻撃可能〕→米軍と自衛隊の一体化。米の核の傘依存 *公安条例。秘密保護法 *戦犯釈放とレッドパージ *公務員の労働三権・政治活動制限。労働組合活動の低迷 *政教癒着(神道政治連盟・日本会議国会議員懇談会。「統一協会」。創価学会など) *性別役割分業。LGBTQ問題など |
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経
済 |
◆自由主義(経済活動の自由)→独占資本主義(財閥の政財界支配。恐慌・不況の頻発。失業者増大(兵士の創出) →貧富の差拡大 *兵器生産・輸出入 *海外市場(東・東南アジア)獲得競争→太平洋戦争 *国債の日銀引受け(戦費捻出)→戦後の悪性インフレ *寄生地主による農村支配 |
◆修正資本主義〔財政・金融政策による景気対策(恐慌の回避)。所得格差是正(累進課税強化)〕→福祉国家 *占領地の返還〔課題千島列島放棄(対日平和条約第2条)←ヤルタ会談<米・英・ソ>〕*兵器生産・輸出入禁止 *農地改革(農村民主化) |
◆新自由主義(大衆課税を強化し大資本を優遇→福祉国家の後退) *旧財閥の再編・強大化 *長期不況(貧富の差拡大、内部留保増大、産業空洞化、国際競争力の低下) *日銀の大量の国債引受と膨大な株式保有→金利引上げ抑制(→インフレの危惧) *軍需産業の復活・急成長 *「無農政」→過疎・食料安保 |
主要参考文献
・ 実践入門教育カウンセリング 小林正幸 編著 2001 川島書店
・ 現代のエスプリ「いじめの構造」 高塚雄介編集 2011 ぎょうせい
・ 教室の悪魔 山脇由貴子 2009 第7刷 ポプラ社
・ いじめのある世界に生きる君たちへ 中井久夫 2016 中央公論新社
- いじめの防止等のための基本的な方針 平成25年 文部科学大臣決定(最終改定 平成29)
- いじめ対策に係る事例集 平成30年 文部科学省
- 「いじめ」指導の手引 松原達哉 編集 2001 教育開発研究所
- ロジャーズ全集4 ロジャーズ 伊藤博 編訳 1968 岩崎学術出版社
- 学校カウンセリング 氏平寛 2000 培風館
- 現代のエスプリ「学校心理臨床と家族支援」 亀口憲治編集 2001 至文堂
- 学校教育相談 理論家の試み 大野精一 2 ほんの森出版
- 学校教育相談 具体化の試み 大野精一 4 ほんの森出版
- 学校教育相談における自律訓練法の活用に関する研究 福田 求 2003 岡山大学大学院修士論文
- 親に壊された心の治し方 藤木美奈子 2017 講談社
- 動作とイメージによるストレスマネジメント教育 基礎・展開編 山中寛・冨永良喜 編著 2000・1999 北大路書房
- 「問題解決学習」と心理学的「体験学習」による新しい道徳授業 諸富祥彦 2015 図書文化社
- 「子どもの権利条約」と日本の子ども・子育て 増山 均 1991 部落問題研究所
- 教育基本法読本 国民教育研究所編 1987 労働旬報社
- ジュリスト 憲法の判例第三版 小林直樹 編
- 別冊ジュリスト69 憲法判例百選Ⅰ・Ⅱ 芦部信喜 編 1980 有斐閣
- 戦後政治裁判史録5 田中二郎・佐藤功・野村二郎 編集 1980 第一法規
- 安倍晋三「保守」の正体 菊池正史 2017 文藝春秋
- 自己責任論をのりこえる 吉崎祥司 2021 第3刷 学習の友社
- 世界観の歴史 高田 求 1977 第3刷 学習の友社
- ネット社会と民主主義 辻大介 編 2021 有斐閣
- 資料日本教育実践史4~5 梅根悟・海老原治善・中野光 1979 三省堂
- 昭和・平成現代史年表 神田文人・小林英夫 編 2019 小学館