いじめの背景
4 いじめの背景
(1)家族社会
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【二つのブラック】 「長時間労働」と「不払い労働」 ブラックの一つ目は、「長時間労働」である。文部科学省が2016年度に公立校の教員を対象に実施した「教員勤務実態調査」では、「過労死ライン」(月80時間以上の時 間外労働)を超える教員が小学校で3割、中学校で6割ということが明らかになっている。ブラックの二つ目は、時間外労働の対価が支払われていない、すなわち「不払い労働」である。<内田 良,週刊文春電子版2018.5.1> |
核家族化や少子化の進行<国勢調査:総務省 2020年>とともに、親の単身赴任なども増加した<「意外と増えている単身赴任」www.transtru-cture.com>ため、家族間のコミュニケーションをとる機会が減少しています。また受験競争の激化は、子どもの学習塾通いの増加<高校生通塾率の推移(1990年~2015年)Education Career>をもたらし、生身の子ども同士がぶつかり合う「ルール遊び(缶蹴りや草野球など)」などを通した健全な社会化を妨げ、ネットゲームやSNSを介した仮想現実上での貧しいコミュニケーションを余儀なくさせています。
その結果、生きた人間関係スキルを習得できず、他人の気持ちや考え方がわからない自己中心的な子どもが多くなっています。なかでも機能不全家族(参照前頁コラム)の子どもは、慢性的愛情飢餓により自尊感情(自信)が育たず、自他不信や無関心、わがまま、冷淡な性格になりやすいのです。
また劣等感や孤独感、不安感などを募らせており、そのような心理が自他への攻撃性に転化し、自傷や自死に至ったり、いじめなどの他人に危害を加えたりすることで安心を見出そうとすることもあるのです。
さらに、基本的生活習慣や感情を上手くコントロールできるような適切な生活態度が身についておらず、いじめに関する善悪の判断が甘い子どもが多いと言われています。
(2)学校社会
先ず、過少の教員定数の下での教師の過重労働<中学校教員の1週間の仕事時間は、OECD平均の1.4倍,2013年>や、それを悪化させる中間管理職の増設や校務(部活動や校外の交通指導なども含む)の多忙化、また教師の精神の自由を侵す「君が代」斉唱の強制や非合理的な校則の押しつけなど、管理体制の強化が進められています。
その結果、教師が生徒を直接指導する時間や教材研究などに必要な時間が不足したり、教師同士の自主的で自由な研修や情報交換の場が失われたりしています。このような状況下では、教師の抱えるストレスが高まり、労働意欲や生きがいを失うばかりか、胃潰瘍などの心身症やうつ病などの気分障害を患ったり、過労死が出現したりする事例も報告されています(参照上コラム)。
この劣悪な状況を改善するための教員組合の組織率の低下<1958年では全教員の9割強→2020年には約3割,文科省>は、労働条件の悪化を招くとともに、教師の人権意識の希薄化や職場での孤立に大きな影響を与えており、授業崩壊やいじめなどの問題に対する教師の問題解決能力や、生徒指導力の低下に影響を与えていると考えられます。
次に、学力偏重主義や受験中心主義の蔓延を背景とした児童生徒に対する指導が、テストの偏差値を偏重したり、心や態度を数字で主観的・断片的に評価<活動への関心や意欲などの観点別評価:学習指導要領>したりすることによって、児童生徒の人格やそれを規定している生活全体をよく見、よく聴いたうえで、個々の児童生徒の実態に即して総合的に評価していく視点が疎かになっています。その結果、教師と児童生徒との人格的な触れ合いは少なくなり、保護者も含めた相互の信頼感が醸成されにくくなっています。
岡山県の高等学校ではホームルームの時間が、事務連絡や教科指導などに使われており、前述の教師の指導力の低下も作用して、児童生徒がいじめなどの身近な問題を自主的に解決していく力を育てる場が失われてきています。
さらに学校教育相談体制の形骸化(他分掌に吸収され、人員も削減される)も進行しており、いじめなどの児童生徒の悩みや不安をよく聴いて共感的理解を深めたうえで、保護者や担任、あるいは他分掌や社会的資源などと連携して問題の解決を進めていく機能が麻痺してきています。
(3)政治・経済・社会
1)政治の右傾化と教科道徳
いじめ問題の深刻化を背景として、中学校学習指導要領が2017年告示され、教科としての道徳がいじめ問題の解決の旗手として誕生しました。
しかしその内容は、2006年の改正教育基本法の教育の目標で強調された公共の精神や伝統と文化、愛国心や郷土愛などの徳目(道徳の細目)を具体的に授業の場に持ち込むものです。これは憲法で保障され、戦後の民主主義教育で大切にしてきた個人の自由や権利よりも、公共(皆,国家)のために個人の義務を強調する全体主義的傾向を示しており、あたかも戦前の教育勅語(参照次頁)を柱とした「修身」に回帰させようとしているかのようです。
児童生徒にいじめられた友だちの権利を考えさせる人権教育を推進するのが良いのか、「いじめはいけない」という徳目を押し付ける道徳教育に重きを置くのがよいのか。現政権は、旧態然とした後者を推進していますが・・・。
枕石漱流
教育勅語は、一旦戦争が起こったら勇気を出して、天皇のために命を捧げることを最高の美徳とする天皇主権下での臣民(個を滅して天皇に仕える人民)を育成するものでした。それは戦後の民主化政策により廃止されましたが、その一部には正しいものも含まれているので、教科道徳で扱ってもよいのではないかとする右翼(参照前頁コラム)勢力が、国会では多数を占め、教科書検定の検閲化や教育基本法の改正・道徳の教科化のみならず、憲法第99条(公務員の憲法擁護義務)に反して第9条の改正や、敵基地攻撃能力の検討などを主張しているのです。
この政治の右傾化は、1940年代後半、米国が極東戦略を転換させた〔日本に戦争を放棄させる方針から、「再軍備させて全体主義戦争の脅威に対する妨害物の役目を果たすことができるように」<米ロイヤル陸軍長官演説1948年など>変えた〕ことで加速されます。
即ち、1950年、冷戦が熱戦となった朝鮮戦争への在日駐留米軍の出動を理由に、(治安維持のためで軍隊ではないと政府は主張した)警察予備隊の創設からサンフランシスコ平和条約と日米安全保障条約の締結(1951年)を経て、解釈改憲〔例第9条の「国際紛争」を「侵略戦争」に、「戦力」を「近代戦争を遂行できる実力」などと不当に解釈を捻じ曲げて、憲法第9条がじているあらゆる戦争や交戦権、あるいは戦力(=自衛隊)
を合憲とする)を弄して自衛隊を増強し、日本を戦争ができる国にしていく一連の動きが、日米両政府と軍需産業によって推進されているのです。
教育面で注目すべきは、1953年に行われた池田・ロバートソン会談です。その覚書には我が国の再軍備を妨げている要因として、憲法の平和主義などの他に「教え子を再び
戦場に送るな」とする平和教育があげられており、「日本人が自分の国は自分で守るという基本観念を徐々に持つよう日本政府は啓蒙していく必要がある」との方針が、日米政
府間で合意されています。この違憲の方針に従って、いじめ対策を前面に掲げながら、実は自分の国は自分で守る愛国心などを強調する教科道徳を、全国の児童生徒に押し付
けているのです。
また2018年告示の学習指導要領の高校「公共」の「内容の取扱い」の中でも、「日米安全保障条約や我が国の防衛,国際社会の平和と安全の維持のために自衛隊が果たしている役割など」の「基本事項について,広い視野に立って理解できるようにする」と記されています。これは恒久平和主義に反して、自衛隊という戦力を国民に是認させようとする政府の考え方を、検定済み教科書を使用することによって高校生全員に必修させる(押し付ける)ものです。正に戦争ができる国家百年の計は、道徳・公民教育にかかっているのです。
2)新自由主義の推進
1980年代には米国からの金融市場の緩和や外資への門戸開放を目的とした広範囲にわたる規制緩和の要求を受け入れ、新自由主義が推進されました。これは資本主義(自由主義)の基本的矛盾である、周期的な恐慌の出現や貧富の差が拡大していくことを、経済政策により是正していこうとする福祉国家(修正資本主義)の歩みを後退させるものです。
その結果、戦後禁止されていた持ち株会社を中心とした超巨大な複合企業が誕生(財閥が復活・再編)して、グローバル化の名の下に大規模な海外投資が行われたため、国内産業の空洞化(雇用やGDPの減少)をもたらしました。また所得税の累進性を緩くしたり(1962年の最高累進税率75%→2013年は45%)、法人税率を引き下げたり(1984年は45.5%→2021年は23.2%:財務省)する代わりに、低所得者ほど税負担率が高くなる消費税を導入して、その税率を引き上げてきています。さらに労働法制の規制を緩和して、低賃金で雇用できるうえ解雇しやすい非正規労働者の雇用の割合を急増させました<1989年:18.9%→2019年:38.3%,総務省労働局調査>。
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【大新聞社とTV局の関係,考え方の傾向など】○付数字は順位 |
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考え方の傾向 |
リベラル 保守・右翼 |
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新 聞 社 |
朝日 |
毎日 |
日経 |
読売 |
産経 |
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売上高(億円) |
1,315③ |
800④ |
1,807② |
3,067① |
584⑤ |
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T V 局 |
テレ朝 |
TBS |
TV東京 |
日テレ |
フジTV |
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売上高(億円) |
2,302④ |
3,583③ |
1,114⑤ |
4,064② |
5,149① |
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岡山のTV局 |
KSB |
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<2022/11/07記事更新 kigyolog.comなどより作成> 大メディアの売上高をみると、リベラル派より保守・右翼派の方が圧倒的に多いことから、(明白な事実に基づかないプロパガンダを、検討することなく自分の意見として採り入れている)視聴者の右傾化が予測されます。 【プロパガンダの例】「政府の考え方や政策は公正・中立である」「自衛のために敵基地を攻撃する戦力を増強することは当然だ」「日本共産党が政権をとったら露・中のようになる」「野党は政権を批判するばかりで政権担当力がない」「同性婚を認めたら日本社会が壊れる」「電気代引き下げのためには原発再稼働も許される」「教師の指導力不足や家庭の教育力不足がいじめの原因だ」・・・ |
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一方、日本銀行の超低金利政策によって生じた余剰資金は、GPIFの公的年金積立金とともに株式市場に流入し、日本銀行の株式購入(ETF)と相まって不況下の株価上昇をもたらしました。企業は賃金を抑制し内部留保(200兆円:GDPの4割,日経新聞社2019年)を増やしたため、消費需要を冷え込ませ成長力を低下させました<1980年のGDPを基準として最近20年間の成長率は、OECD加盟41か国中、日本は最下位,総務省労働局調査>。
これらのことが、所得格差(日本のレベルはOECD加盟国中33位,ユニセフ調査)をさらに拡大させ、労働者の過剰労働や単身赴任、ひいては機能不全家族を増加させているのです。
3)情報の右寄り・不公平
① マスメディアの商業主義
「いじめたのではなくいじっただけだ」と自己弁護するいじめ加害者もいます。これにはスポンサーが重視する視聴率を上げるために、いじりギャグが売り物のタレントを重用するマスコミの商業主義の影響だと思われます(参照上コラム)。
そもそもマスメディア自体が利潤追求を第一義としている大企業であるため、視聴者に迎合して視聴率を取れるお笑いやグルメ、旅行などのバラエティー番組や、スポーツ、クイズ、サスペンス、韓流ドラマ、音楽番組あるいは事件・事故の報道を国会中継よりも優先しています。またシリアスな報道番組にも人気タレントをMCに抜擢して、バラエティー化して親しみやすくする反面、国会中継をはじめ、人権や平和などの重要な問題を短時間で浅く、かつ全体の中から政権にとって都合の良い部分のみを扱うことにより、「市民の知る権利に応えることによって、平和で豊かな民主主義社会を実現する」という報道本来の使命(参照左下コラム)をおざなりにしているようです。
【日本民間放送連盟 報道指針】(1997年制定) 1.報道の自由 報道活動は、市民の知る権利に応えることによって、平和で豊かな民主主義社会を実現することを使命とする。取材・報道の自由は、その使命のために、市民からわれわれに委ねられたものである。この自由は、あらゆる権力、あらゆる圧力から独立した自主的・自立的なものでなければならない。(略)(2)報道活動は、公共性、公益性に基づいて、あらゆる権力の行使を監視し、社会悪を徹底的に追及する。(3)報道活動は、あらゆる圧力、干渉を排除する。 |
② 御用メディア
いつの世も政権側は自らに批判的なメディアに圧力・干渉をかけ、世論を操作しようとします。またメディア側は政権からの情報や営業上の許認可権を得るために、政権に忖度して政権に不都合なニュースや番組は流さないように自主規制したり、政権に批判的な評論家や解説者を番組から降板させたりして、政権を監視・追求することなく、政権の御用団体に成り下がっています。大衆や政権に迎合してポピュリズム(衆愚政治)を助長するマスコミの体質が、国民の正しい権利意識や、いじめを含む数々の社会問題を見る目を曇らせる大きな要因となっているのではないでしょうか(参照上コラム)。
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【メディアリテラシ―】 テレビ番組や新聞記事などメディアからのメッセージを主体的・批判的に読み解く能力。リテラシーというのは「読み書き能力」のことで、読む力と同時に書く力も含む。情報をうのみにせず、どんな意図で作られ、送りだされているかを自分の頭で判断する。そしてそれを通じて自ら情報発信する力を身につける。そうした試みはカナダなど欧米では早くから学校教育のカリキュラムに組み込まれている(略) 「知恵蔵」隈元信一 朝日新聞記者 2007年 |
③ ネット社会
特に若年層にマスメディアの影響力より大きな影響を与えているネット情報は、報道の「公正中立」や対立意見の「両論併記」などの原則には縛られないので、フェイクニュースを含むプロパガンダを拡散することに公然と利用されています。例 ネトウヨやトランプ前米大統領のツイートなど
一方、視聴者は好みのネット情報にのみアクセスする傾向が強いので、ネット情報は視聴者自身の意見を強化することになり、保守岩盤層(例自民党、米国の「トランプ党」、欧州の極右政党など)の形成に大きな役割を果たしていると考えられます
また匿名性が高く、不特定多数のアクセスが可能なネットへの書き込みを誰でも容易に行うことができることから、いじめやデマなどを拡散することに繫がっているとともに、そのことへの適切な対処を妨げる要因となっています。またかなりの青少年がネット依存傾向にあり<厚労省2013年>、社会への適応力や生きる力を削がれていることも見逃すことはできません。つまり、ネット情報の氾濫は、とりわけアクセス頻度が高い若年層の民主的な人権意識の形成を妨げ、いじめを見る目を曇らせる要因となっているのです。
④ 価値観の多様化
近年、多様化が尊重される動きも出てきていますが、労働組合に入らなかったり投票に行かなかったり、あるいはヘイトスピーチを行ったりすることも、個人の自由だから許されるという誤った価値観を吹聴するネット情報も見られます。
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【道徳性の発達段階〈コールバーグ〉】 〈「発達心理学」藤村宣之編著2011より作成〉 第1段階 褒められるか罰せられるかという物理的な結果で、善悪を判断する<幼児レベル>。 第2段階 自分の欲求や時には他人の欲求を満たすための手段(行為)が善い行為。 第3段階 他者の意図を考慮し(対人的同調)、他者を喜ばせたり助けたりすることが善い行為。<第2~3段階は児童レベル>。 第4段階 法を守って社会的秩序を維持したり、自分の義務を遂行したりすることが善い行為。 参照 法治主義 <大多数の日本人(中学生以上)のレベル> 第5段階 正しい行為は、社会全体によって吟味され一致された基準によって定められる。法律は絶対的なものではなく、人民の合理的考察によって変更可能と考える。参照: 法の支配,社会契約説(絶対専制君主を打倒した市民革命を擁護したJ.ロックやJ.J.ルソーなどが主張・啓蒙した理論)。<第5~6段階に到達するのは、全体の2割程度。> 第6段階 正しさは、倫理的包括性、普遍性、一貫性に基づいて自分自身で選択した倫理的原則に従う良心が定める。 参照日本国憲法の恒久平和主義,ガンジーの非暴力主義,オードリー・ヘプバーンのユニセフ活動など。 <全体の1割程度が到達> |
何らかの私的な理由(組合費が惜しい。投票するのがだるい。ムシャクシャするなど)で、憲法で保障された人権を自ら放棄したり、他人を誹謗中傷して苦しめたりする誤った自由や権利などを容認することは、人間らしくない生き方を認めることであり、国民の人権意識や道徳性(参照下コラム)、ひいては人生観や世界観を混乱させることに繫がっているのではないでしょうか。
枕石漱流 D.マッカーサーに「アングロ・サクソンは45歳の壮年に達しているが、日本人はまだ12歳の少年」だと揶揄された頃よりさらに道徳的に後退(注4)しているかのような保守・右翼勢力が、道徳の教科化を実施し、教育や報道を統制して民主主義を形骸化し、我が国の右傾化に拍車をかけているのです。
(注4)第2~3段階(児童レベル)の道徳性しか有していないと考えられる例
・隠然たる右翼勢力に忖度してか、南京大虐殺などの歴史的事実を歪曲・矮小化したり、公文書を改竄・消去したりする ・政権を批判するようなジャーナリストや学術委員を排除して、報道の自由や学問の自由を侵害する ・自衛のためには敵基地を攻撃して他国民を大量に殺害しても、自衛権の範囲で許されると考える ・自国では受け入れられにくい原発の輸出を図るなど、「自国第一主義」政策を推進する ・多くの賭博依存者を生み出してその家族を苦境に追い込むカジノの誘致に公的資金をつぎこむ ・政党助成金を受け取りながら献金やパーティー券を販売する・・・